・Prologueこの作品"Heretic Hunter"には、管理者NEROWIZの著作権が発生しております。 無断での使用、又は作者を偽っての公開を禁じる物とします。 この作品はフィクションです。物語中に登場する個人・団体名は、現実の同名の個人・団体とは何の関係もありません。 また一部暴力的な表現や罵詈雑言が使われおりますので、それに嫌悪感を感じる方は注意してください・・・稀、ではありますが。 作品を読み終えたら是非、感想やコメントを残して下さい。 悪い点でも良い点でも構いません。 どちらにしろ恐らく管理人は狂喜乱舞すると思われます。 悪い点と良い点の指摘は非常に有難い物です。悪い部分は指摘しないと直らないと言いますし、良い部分も指摘しないと伸ばす事も難しい・・・と個人的にも思います。 今後の作品作りに活かしたいと思いますので是非ご協力お願い致します。 また内容は予告なく変更する事がございます。ご了承下さいませ。 ピピピピ、ピピピピ・・・・・・ 「っつ・・・ふぁーあ・・・」 無機質でけたたましい音で目を覚ます。 いつ聞いても不快感を誘う音だ。成程、これを目覚ましに使うように考案した人物は優れている・・・と、景行は毎朝繰り返す思考をいつものようにする。 「さて・・・」 いつものように顔を洗い、いつもながらのトーストと、即席で作ったサラダを食べ、歯を磨いて、制服に着替える。 これから、またいつものように学校に行かなければならない。 そこまで余裕の無い時間では無い・・・というより、かなり早い時間である。今から学校に行っても、朝練がある人間ぐらいしか学校にはいないだろう。 何故そのような時間に出るかといえば、それは人混みが嫌いだからである。 「いつも通り、か・・・」 平坦な日常。何も変化が無ければ、何かがあるわけでもない。そんな日々に飽き飽きしながら、確認するように呟く。 白縫景行は、人付き合いの悪く、非常に淡白な人間であると自負しているし、周囲からみてもそう映るのだろう。 事実、景行の周りには友人と呼べる人間はごく少数しかいないし、話しかけてくる人間も彼らのみだ。 さらに、景行は超近眼である。近眼故にその眼鏡は牛乳瓶の底のように厚く、従って正面から見た彼の顔はお世辞にもよろしいとはいえない。 ・・・友人達曰く、眼鏡を外せば人並み以上に端麗であるらしいが、生憎とコンタクトは性に合わないし、わざわざ他人の評価を上げることも無いだろうと本人は考えている。 従って景行は、周囲の人間から見れば、無気力でつまらなそうな牛乳瓶野郎として映るのであり、誰だってそんな人間にわざわざ話しかけようとは思わないのが道理というものだ。 彼の周りに人間が少ないのは、そういう理由である。 ・・・ともかくも、彼は一般人に分類される人間だ。 身長は175cm、多少痩せ気味であり、勉学も運動も成績は良くもなく、悪くもなく、とりわけ素行が悪いというわけではない・・・少々サボり気味な体質ではあるが。 そんな景行は、今日もいつものように、よく晴れた四月の空の下を、学校に向け歩くのだった。 さて、成務市に高校は二つある。 一つは成務市立第一高等学校であり、県内では中程度の偏差値で、一高の名で知られていて、市の中心部、市庁舎の隣に位置している。 元は第一と第二で、男子校と女子校に分けられていたそうだが、町と町の合併の際に第二高校の土地を市庁舎に使うとかなんとかで、第一と第二を合併したそうだ。 ・・・ならば中央高校とでもすればいいだろうに、何故か第一の名で残っている。 二つ目は、私立成務学園高等部だ。 この学園は中高一貫の学校であり、中学も高校も、県内はおろか国内でさえ五本の指に入るほどの名門校である。 この学園は小さな山の中腹に建っており、その広大な敷地を余すことなく、様々な設備などが設置されている。 また、この学校は生徒の自主性を育てることを基本方針としているため、生徒に先生が関与することもほぼ皆無に等しく、文化祭から運動会、校内の規律から風紀まで全て生徒が運営しており、校則といえば、『なるべく人に迷惑をかけず、できれば制服を着てくるように』のみである。 季節は春、新緑の美しい時期だ。 その、緑色に桜の桃色と、春の花の華々しさによってデコレーションされている山を、景行は高校校舎の四階、高等学校一年五組の窓際の自席から、無気力に眺めていた。 「・・・つまらないな・・・」 ・・・別に、彼自身に芸術的感性やら、そういったものが皆無というわけではない。 ただ単に、飽きただけなのである。 そんな無気力な背中に、 「よぉ景行。今日もお疲れさん。」 という、陽気な声がかかった。 「ああ・・・おはよう光。」 「違うな・・・違う。お前、なってないぞ。」 「・・・・・・人が珍しく無視しないでやったらその態度か?」 「・・・期待してたリアクションじゃないんだよ、もう一回だ!」 「お前、喧嘩売ってるのか?おい・・・」 「んなつれないこと言うなって。ほら、もう一回だ・・・」 光はわざわざ教室の扉まで戻り、再び景行の席にまっすぐやってくる。そして、 「よぉ景行、今日もお疲れさん。」 白い歯を輝かせ、満面のスマイルを向けてきた。 ・・・一応、コイツの言いたいことぐらいは理解できる・・・伊達に中学三年間を一緒に過ごしてきたわけじゃない、俺には律儀に挨拶などするキャラは似合わないと言いたいのだろう・・・事実景行もそう思う。 心底うんざりだ、という顔をしながら、景行は答えた。 「・・・・・・なんで朝っぱらから『お疲れさん』なんて言われなきゃなんねぇんだよ・・・普通おはようの一言で爽やかに済ませるもんなんだよ、キモ男が。」 「そう、それだ、ナイス毒舌!お前のキャラにまさにぴったりなそのリアクションを俺は待っていたんだ!」 そう叫びながら、背中をバンバン叩いてくる。 「お前・・・いい加減にしないと・・・」 「なんだ?俺を剥製にした上にメッキ加工して、それを木箱に入れた後フェリーで輸出しようとしてイギリスの税関に引っかかるのか?」 「阿呆、どうしてお前如きを女王様に輸出しなきゃならないんだ。せいぜい臓器を売り払って闇ルートでガッポリ儲けるぐらいしか使い道が無いだろ。」 「あ、ひでぇ!俺をメッキ加工したら凄いんだぜ、それを見た者は目も眩み、一瞬にして全ての欲を断ち聖人になれるような、そんな仏像になるんだぞ。まさに全米が泣くって感じ?」 「・・・いや、そしたら税関なんかに引っかからないだろ。ま、確かにお前のキモさ溢れる、公衆便所の男のマークを体現しているメッキ像なんか見ちまったら、それこそ欲捨てて自殺して聖人になりたいと思うかもしれないけどな。」 「いーや、効果はFBIの折り紙付きだぜ。」 ・・・何故FBIなのかは、ツッコミを入れたら負けだろう。 「・・・じゃあやってみるか?一応死ぬとは思うが。お前が死ねば多分、全中華が泣いて喜ぶぜ?」 「・・・・・ごめんなさい冗談です。許してください・・・」 光はひとしきり笑ってから、席に帰ってゆく。 ・・・この男は原田光という。 景行の数少ない友人の一人であり、大柄で筋肉質、見事な逆三角形を形成していて、それはまさに公衆便所の・・・はもういいだろう。 それなりに顔は良くロングヘアーで、真面目な顔をしていればかなり凛々しく、カッコいいと思うのだが、いかんせんあのいかにも軽そうな性格である。 その上何故か彼は純愛好みであり、軽い女とは付き合いたくない、できれば本気の恋がしたい・・・と主張し続けて三年、彼に彼女ができる様子は目下無い。 少し前に、それならばその軽い性格を直せ・・・と言ったことがあるのだが・・・ ・・・次の日、ワイシャツと学ランのボタンを一番上まできっちりと止め、学帽を被り伊達角縁眼鏡までして学校に来た光の姿を見たとき、それは無理なことだと景行は悟った。 ・・・ともかくも、彼は数少ない景行の友人であることには変わりない。 やがて、ちらほらとあった空席も埋まり始め、最後の空席が飛び込んできた少年に埋められたとき、ちょうど始業のチャイムが鳴った。 私立成務学園にはHRが無いに等しい。 HRがあるのは週に二回、水曜日の昼間と土曜日の放課後である。 また、教師のほうも、能力は高く、授業も非常にすばらしいが放任主義の教師が多いため、HRが長くなることは少ない。 景行のいる五組の担任の伊藤健三郎先生なぞはその代表のような人物で、豊富な人生経験と持ち前の下町気質でもって、生きるべき道をサクっと三分間で説いてくれる初老の英語教師だ。 彼のHRは早くてタメになると評判であり、今日も先生のタメになる言葉(今日は『人を信じず疑うな』だった)を聞き、すぐに解散となった。 HRが終わればすぐ昼休みであり、それすなわち戦の開始である。 怒涛のような勢いで、命を賭けて旅立つ戦士たち。 廊下はアウトバーンになり、食堂までの渡り廊下は屈強ひしめく傭兵ギルドであり、そして食堂は戦場である。 小銭を片手に、己の命と生命源を守らんとすべく、拳という銃弾を、蹴りという剣を容赦なく振るい、弾き、掻い潜って行き着く白き機械。持つべくして持った小銭を投入し、その手に掴むは食券という名の輝かしき勝利――! 「・・・くだらないな。休み時間にでも買えるだろう。」 今日も今日とて繰り広げられている漢たちの熱い・・・暑いバトルを見やりつつ、景行は言った。 実際、食券は休み時間にも販売している・・・いや、販売せざるをえない。 あの男どもはもはや生徒会も諦めたようだが、どう考えても学食組の女子などがあのバトルに参加できるとは思えないからだ。 「いや、それじゃなんつーのかな、面白くないじゃん。日々熱いバトルをしたいわけよ、漢としては。」 「理解できねぇ・・・ったく、薄っぺらだなお前は・・・」 ちなみに、現在光の手元に昼飯があるということは、要するに食券を休み時間に買ったということであり、まさに有言不実行のお手本のようなものである。 景行は、そのような人間を『薄っぺら』と表現している。 ちなみに、薄っぺらが表現する範囲は非常に広い。 従って定義は不可能であるが、景行はその定義について考えることが嫌いではない。 そうやって、自分の言葉の定義に関する考えにふけりながら昼飯をつついていると、光がこっちを見て感慨深そうにうなずいていた。 「・・・なんだよ、気持ち悪いな。」 「な、景行。お前は日々に飽きてるんだろ?」 分かるぜ、といった風に光が肩を叩く。 「だったらさ、ああいうのに参加してみりゃいいんじゃねぇか?」 「・・・うーん・・・」 いや、まぁ面白いといえば面白い、かもしれない。 たまにはそういうことをしてみるのもいい、かもしれないが・・・ 「まぁ、たまには・・・」 「あ、あ――・・・待て、絶対ダメだ、お前だけはダメだ。」 「なんだよ、ちょっとはノリ気になったのに。」 「うげ、もっとダメだ。・・・景行、お前手加減できるのか?」 「・・・あーあーあー・・・うん。」 無理だ。とにかく、障害となる人間はなるべく排除したがる性格であり、さらには人混みが嫌いで、人混みの中では機嫌が悪くなるというオプション付きである。 「満員電車で前のオッサンが邪魔だからって、ドアが閉まる直前に、オッサンの前の兄さんもろとも車外に蹴り飛ばしたお前だもんな。・・・しかもちゃっかり他人のせいにしてるし。」 「あのときは悪かったな。いいところにお前がいたからさ・・・俺より光のほうがやりそうに見えるだろう?いや、本当に便利な奴だよお前は。」 「嬉しくないぞ、全然・・・駅員さんが理解力のある人じゃなかったら、俺は今頃どうなってることやら・・・」 「ま、丸く収まったからいいだろ・・・それより、早く食べないとお前のラーメンが如意棒の如く伸び続けるぞ。」 「うおっ!?早く言えよ!」 もはやかなり伸びている醤油ラーメンをものすごい勢いで食べ始める光をよそに、景行は周囲を見渡す。戦闘はだいぶ落ち着いてきたようで、席について昼飯を食べている人間の方が多い。カウンターの方を見ると、ちょうどトレーを持って歩いている小さなツインテールが見えた。 幸い、というかこちらには気がついていないようだ。・・・逃げるなら今のうち、だろう。 (悪い光、俺は戦線を離脱するぞ。) 「んが?ふぉい、どうひたんだもふぁげゆふぃ?」 (馬鹿、口の中のものを飲み込んでから話せ、汚いから!) 「んが、ふぁるい・・・んで?どうしたんだよ景行?」 (また後でだ!お先・・・!) もう猶予は無い。周りに空席があるのが仇を成したか、ヤツはこっちに近づいてきている。 音を立てないようにそっと立ち上がり、光を盾にして立ち上がろうとし・・・ 「あ~、景ちゃんだ!」 次の瞬間、反射的に俺は光を殴っていた。 「痛っ!?」 「馬鹿っ!お前のせいで珠里に見つかっただろうが!」 南原珠里。ツインテールの、小柄な少女である。 性格は非常に明るく、社交的であり、男女問わず人気が高い。 勉学はボーダーだが、運動はズバ抜けて得意。性格的に言えば、景行と正反対である。 また、彼女も景行の数少ない友人なのだが・・・ 「お前な。幼馴染とはいえ、先輩である俺をちゃん付けってどうなんだ?」 「いいんじゃないか?それはそれでなんとなくロマン感じるし。 ・・・ああ、名前をちゃん付けしてくれる幼馴染かつ後輩か・・・もし俺にそんな関係の女の子がいたら・・・・・」 光はどこかへ飛んでいってしまった。 まだスープに温もりはあるが、残念ながら戻ってくる頃には完全に冷たくなっていること請け合いだ。 「そうだよ、景ちゃん。こんなカワイイ幼馴染がいるんだから、もっと胸張って生きないと。」 「誰がどの口をもってお前をカワイイと言うか・・・っていうか胸を張らなくちゃいけないのはお前・・・いや、すまん冗談だ。冗談だからその物騒なモンを引っ込めてくれ頼むから。」 珠里は、笑顔で景行の喉に突きつけていたナイフをポケットにしまう。 景行は珠里が苦手だ。マイペースで話を聞かず、気分を害すると凶器を突きつけてきて危ないことこの上無い。 「景ちゃん、ほら。袖に気をつけて。」 ・・・さらにこの、母親じみたうるささだろうか・・・母親というものの記憶がおぼろげな景行としては嬉しいモノなのかもしれない、が。 「すでに袖が入水自殺してるヤツには言われたくないぞ。」 「うにゃっ!」 むしろ本人の方が保護が必要なぐらいだ。まるで子供に注意されているようで気分が悪い。 どうも、珠里としては俺をほうっておけないようなのだが、さすがにそこまでされる義理は無いし、光じゃないが男のプライドってものだってある。・・・最大要因は、やはりコイツに注意される謂われは無いということなのだが。 「・・・しかし珍しいな。珠里はいつも弁当だろ?」 「いやぁ、あはは・・・今日は私としたことが、寝坊して作り忘れちゃって・・・」 ・・・うん、まあ、コイツならやりかねない。朝、時計を見て慌てる珠里の姿が目に浮かぶようだ。 心の中でその光景を思い浮かべながら、麺づゆを最後まで飲み干す。 「成程・・・ふぅ、ごちそうさま、と。」 これで昼飯は終わりだ。 ・・・学食の飯は確かに安い。量も多い。が、やはり味も相応ということだ。 そして、味も相応ということは、満足した顔を浮かべるのは至極困難である。景行はそのあたり・・・マイナス方面での感情表現はかなり露骨な人間であり、珠里はそんな景行をみて、 「・・・景ちゃんは飽きないの?毎日学食で・・・」 と半ば呆れた口調で言った。 「いや、まぁ飽きる。飽きているんだが安いからな。俺みたいな貧乏学生にはちょうどいい。」 「へぇ・・・・・・ねぇ景ちゃん?」 「・・・弁当だったらいらないぞ。」 この手のやり取りは何度繰り返したか分からない。なにしろこの女、一日に一回は、顔を合わせれば弁当談義を持ちかけてくるのだ。 「ぶーぶー。毎度のように聞くけど、なんで?」 「いや、ね?そこまでしてもらうのはちょっと・・・」 「それ聞き飽きた。もっと別の理由は?」 「・・・あー、実は俺しょく・・・」 「食堂のおばちゃんに脅されてるってのは無しね。」 「・・・俺ここの味──」 「さっき飽きたって言ったでしょ。」 「・・・・・実はこの飯、おばちゃんが特べ」 「景ちゃん特別メニューなんて無いらしいけど?」 ・・・だんだん苦しくなってきた。 「ね、景ちゃん。なんでそこまで嫌がるのかな?」 「う・・・いや、それはだな。ほらあれだ、男のメンツってもんが・・・」 「私にも女の子のメンツってものがあるの。」 「・・・景行。」 いつの間にか戻ってきていた光が、景行の肩を掴んでいた。 ・・・ヤツの手が白くなるほどに力がこめられていることは最早語らずとも分かるだろう。 「痛い。離せ。頼むから。」 「いや、お前を幸せに導くためだ。許可するまで離しはしないぞ。」 「・・・おいおい・・・」 「ね?景ちゃん、作ってきてもいいでしょ?」 「・・・!だからそれやめろ、本当に怖い!殺されちゃうって俺!」 喉にナイフの切っ先が当てられている。ちなみにそのナイフ、刀鍛冶である珠里の親父さんが鍛え、研いだ刃が使われているシロモノだ。切れ味はそこらのナイフとは訳が違う。 「・・・景行。据え膳食わぬは武士の恥って言うんだぞ?」 「・・・・・・光。とりあえず死んどけ。」 「――!別にそういうわけじゃ!」 「ゴッハァ!?」 俺が光の鳩尾に裏拳を叩き込むのと、一気に真っ赤になった珠里の拳が光の顎に吸い込まれたのはほぼ同時だった。 「・・・とりあえず落ち着け、珠里・・・・・・光、お前意味分かって使ってるのか?」 真っ赤になって混乱している珠里を落ち着かせる為、光の真意を問う。 ・・・答えは十中八九ハズレであるとは思うが。 「お、お前、俺が分かってないこと、前提で、言ってるだろ。」 息も途切れ途切れに光が言う。 「じゃあ知ってるのか?」 「意味も、何も・・・そのまま、じゃないのか?飯出されたら、食えよ、っていう・・・」 ・・・やはりコイツは真性の馬鹿のようだ。 むしろ、本当の意味を知ってて使ってたら今すぐコンクリに詰めて海に沈めることろだ。 「・・・だとさ。そういうことだから落ち着け、珠里。」 とりあえず珠里をなだめる。 これだから光は怖い。意味も知らずに爆弾発言をしてくれる。 「・・・で、景ちゃん。」 珠里が話を再開しようとしたそのとき、タイミング良く予鈴が鳴った。 「ほら、予鈴だぞ。早く行かないとマズいんじゃないのか?」 「あ・・・う、次体育だ・・・」 「それは大変だ、早く着替えないとマズいだろ?」 「・・・今日のところは退散するしかないかぁ・・・・・・」 「おう、遅刻しないように行けよ。」 「う~・・・景ちゃん、今度こそは負けないからね!」 「・・・勝ち負けの問題だったのか・・・」 中学校舎へと走り去る珠里を見て、こうしてはいられないことに気がつく。 予鈴から五時限目までの時間的猶予は5分しかない。 未だに何故珠里が真っ赤になったのかについて首をかしげている光を引きずりながら、景行は教室へと戻っていった。 放課後・・・それは学生にとっての黄金の時間である。部活に熱中し、友人たちと語らい、時に遊び、時に恋する・・・まさに自由となる瞬間なのだ。 この学校ももれなく・・・というか、この学校は普通の学校よりも早く終わるため尚更だろう・・・その黄金の時間には非常に明るく、開放的な雰囲気になる。 しかしながら、だ。 この白縫景行には、非常に残念ながら部活に打ち込む時間も無ければ、語らう友も無く、恋する相手などいるはずも無い。元来の無気力もその状況を作り出している原因の一つであることは間違いないだろうが、彼にはさらに大きな理由がある。 それはそう、『貧乏学生』であるということだ。 学生は得てして貧乏なものだが、景行はそれに輪をかけて貧乏である。 なにしろ、光熱費に家賃、食費etc…を全て自分で賄っているのだ。 幼い頃に両親と死別、それ以来親戚の家に住んでいた景行だが、高校に入ると同時に一人暮らしを始めた。理由は単純で、『これ以上迷惑はかけたくない』からである。 今でも、多少保護者である親戚からの仕送りはある(景行は断固反対したのだが)ものの、生きていくためにはバイトをするしかない。ということで、彼の放課後はほぼバイトとスーパーマーケットで費やされることとなる。ちなみにだが、彼は中学の時に特待生として入学し、親の不在により奨学金ももらっているため、学費のほうはそれで間に合っている。 それにしても、華の放課後もバイトと食事の買い物だけとは・・・ 「――つくづく薄っぺらい青春だよ・・・。」 活気につつまれる校舎を後にしながら、景行は自嘲気味に呟いた。 「森さん、こんちは~。」 「おう、景行君か。早速のところ悪いんだが、着替えてフロアやってくれるかい?今日はなかなか繁盛でねぇ。」 「いいことじゃないですか。んじゃ、ちゃっちゃと着替えてきます。」 「ああ、すまんなぁ。景行君がいてくれて本当に助かるよ。」 森さんのお礼攻めにあわないうちに、と景行は軽く頭を下げ、すぐにスタッフルームに入る。確かに今日は繁盛しているようで、この時間帯にしてはかなりの数のお客さんが入っている。 「こりゃ、忙しくなるぞ・・・」 景行はワイシャツを脱いで店のTシャツに着替えると、エプロンをつけてフロアへ出て行った。 景行は常に、カフェ『VOODOO』でバイトをしている。 VOODOOは名前こそ危ないが、コーヒーと紅茶、それに店長自らが作る料理に定評がある、なかなか人気がある小さい店だ。 景行は、客入りの少ないときは倉庫の整理をしつつフロアを手伝い、客の数が多くなってくると完全にフロア担当になる。フロア担当といっても、店にいるのが景行と店長の森さんだけなので、担当を決めるまでもなくいるべき場所は決まってくるのだが・・・ 今日はその例に当てはまらず、二人ともてんてこ舞いの状態だった。聞けば、近いうちに一高で新入生歓迎の文化祭のようなものがあるらしく、これから準備期間なのだという。一般の人も入場可能とかで、かなりの規模であることは間違いないようだ。 ともかくも、一日の営業を終了し、片付けをしてお金をもらって店を出れば、もう時間は夜の九時を回っていた。 学生服に着替え外に出て最初に感じたこと、それは異常な寒さだった。 「・・・やけに冷え込むな・・・」 四月中旬にしては寒い。まだまだ春先、ということだろうか。 「まずいな、急がないとスーパーが閉まっちまう・・・ったく面倒だ・・・」 確か野菜系統は今日の朝使い切ってしまったはずだ。 明日は、平日でバイトが入っていない唯一の日、木曜日だから、自然と夕飯の材料が必要になってくる。 やたらと面倒だ、面倒だと呟きながら・・・そのうち、面倒ということにも面倒さを感じて黙るようになったが・・・景行はスーパーで買い物をして、暗い夜道を家へと向かい始めた。 家に近い暗い道。幅は乗用車が二台、すれ違うことのできるぐらいだ。 電柱柱に蛍光灯が付いているとはいえ、まるで光を吸い込むような漆黒の空の下では、無力にも等しかった。 ふと空を見上げると、頭上には見事な満月が浮かんでいる。思わず見とれながら歩いていると、 ドッ・・・! 「ぐあっ・・・!?」 強い衝撃とともに、後ろに跳ね飛ばされ尻餅をついてしまう。 どうやら前方にいるのは人のようだ。立っているのは蛍光灯に近い場所。そして、とても目立つ、白いコートを着ている。 ・・・この状況から判断するに、あの人にぶつかって転んだのは確かだろう。苛立ちを抑え、景行は謝罪の言葉を口にする。 「す、すみません・・・」 すると人・・・どうやら男のようだ・・・はスッ、と手を差し伸べてきた。 「いや、いいんだよ。月が綺麗な夜だから、仕方の無いことさ・・・現に私も、月を見ながらボーっとして、君にぶつかってしまったわけだからね。」 若い男の声だった。20歳半ばといったところか。 「そ、そうですか・・・本当に、すみませんでした。」 差し伸べられた手を拒む理由は特に無い。やるなら女にやればいい、男にやることは無いだろう・・・と景行は思ったが、さすがに口にはしない。男の手を取り、なるべく足に力を入れて引っ張りあげやすいようにした。 「――なっ・・・!?」 フワッ、と。 異様なほどあっさりと自分の身体が引っ張りあげられ、景行は驚いた。自分の身体は平均的な男子高校生のソレだ。そこまで重いとは言わないが、優男の片腕で軽々と持ち上げられるような重さじゃない。 何か不気味な感じがして、立ち上がった景行は頭を下げてすぐに脇を通り抜けようとする。 その肩に、男の手が不意に置かれた。 「――っ!?」 思わず怒りの言葉を発しようとして、やめる。 初対面の人間に吐いていい言葉じゃない・・・いや、初対面じゃないからといって言ってはいけない言葉でもあるが。 「・・・君は・・・成程、そうか。なかなかに面白い逸材じゃないか。・・・・・・時に白縫、景行君。」 「ぇ・・・・・・はぁ。」 思わず間抜けな答えしかできない。 何故この男はオレの名前を知っているんだろう。 何故この男はこんなにも嬉しそうなんだろう。 ナゼ、コノオトコハ、コンナニチカクニイルノニ、ガイトウノシタナノニ、カオガミエナインダロウ・・・? 男の口がニヤリと。曲がった気がした。 「少々、失礼・・・」 男は景行の目を見ながら、本当に面白いだの、それにしても酷い封印の仕方だ、肉体以外の物質を使ってなおかつ成分が精神に洩れているだの、わけの分からないことをブツブツ呟き、そしていきなり、景行の顎を掴んだ。 「ちょ、何を・・・!?」 「チカラガホシイカイ?」 グッ、と。男の顔がアップで迫る。 「・・・え・・・力?」 「そう、チカラ。君が望むことを叶えることができるかもしれない、チカラ。」 ツマラナイ日常。それを変えることができるならば。 「・・・・・・」 男は景行に何も言わず、いきなり何かを呟き始めた。 それは旋律となり、周囲に響き・・・気がつけば、景行は、自分と男の周りだけ外界から隔離されているように感じた・・・いや、事実そうなのだろう。周りが異常なほどの静寂につつまれている。 「あんた、一体・・・」 「返事は?」 その前に。聞いておくべきことがある。 全てにおいて最重要な問題。 「・・・・・・一つ聞こう。その力とやら、対価は?」 何事にも対価は不可欠だ・・・そのことを、景行はよく理解できる。何しろ、多少とはいえ自分で稼いだ金で生きている身だ。 何かを一人でしようと思えば、それに対する労働、金銭エトセトラは己でなんとかしなくてはならない。 「ふふ、そうだね・・・。特には無いかな。多少後遺症が来るかもしれないけど、日常生活に関わるほどじゃないよ。」 ・・・明言を避けたか。だが、その程度なら・・・ 「・・・分かった。力を貰おうか。」 ――思えば。 ――このときほど、己の判断を呪ったことはそうないだろう。 「悪いけど、少し静かにしてもらえるかい?」 「・・・。」 仕方が無い、この得体の知れない男に全てをまかせるのには一抹の不安があるが、この状況ではそうするしかないだろう。 男は長らく目をつぶっていたかと思うと、突如口を開いて、何かを叫びだした。それはむしろ叫ぶというよりは・・・そう、叫ぶというよりは唱えるという感じ。 “Sigilli l'annullamento!” その言葉を聴いた瞬間。 体が裂けるかと思った。 「・・・ぐ――っぁ・・・・・・!?あぁあぁぁあああ・・・!!!!」 裂かれる、ひき裂かれる、サカレルヒキチギラレルナニカガ、ナニカガナニカガナニカガ・・・ ナニカガ、デテ、クル。 眼球はもはや飛び出すかのように大きく見開かれているのが分かる。眼鏡はどこかにいったのか、目の前が完全にぼやけて見える。 男はそんな景行に構わず、何かを唱え続ける。 “Io ricostruisco un sigillo ed accordo i tredicesimi occhi a questa persona nel mio nome” 「く・・・はぁ・・・はっ・・・はぁ・・・・・・・」 次第に落ち着いてきた。 体を引き裂かれるような感覚もすでに無く、あるとすれば軽い眩暈と激しい嘔吐感。 男は歌うように続ける。 “Faccia., e 232; un ragazzo.Coltivi il corpo muore....Sigilli il completamento.” 「・・・ぁ。はぁっ、はぁ・・・」 次第に呼吸も安定化してくる。 それにつれて、物凄い疲労感と、眠気が襲ってきた。 「・・・うん、過呼吸になってるってことは無いね。"目"との相性もまあまあだ。 多少の副作用はあると思うけれども、術後の状態も非常に安定しているようだ。 ・・・君はいい魔術師になれる才能を持ってるよ、白縫景行君。」 ・・・もはや男が何を言っているのか分からない。 ・・・・・・魔術師だか魔女だか言ったか。それはどうでもいい・・・だんだん・・・・・・眠く・・・・・・ 「おやおや・・・だいぶ消費してしまったか。まぁ最初はこんなものだろうね・・・大丈夫、副作用は軽いから。では景行君、良い夢を―――」 目の前が急激に真っ暗になって。 俺は・・・・・ ピピピピ、ピピピピ・・・・・・ 「っつ・・・ふぁーあ・・・」 無機質でけたたましい音で目を覚ます。 いつ聞いても不快感を誘う音だ。成程、これを目覚ましに使うように考案した人物は優れている・・・と、景行は毎朝繰り返す思考をいつものようにする。 「・・・ん?」 妙に視界がクリアだ。眼鏡をつけたまま寝てしまったのだろうか。 そういえば昨日の記憶がほとんど無い・・・ 「俺も疲れてるのかな・・・」 景行はそう呟きながら、冷蔵庫を開けた。 とりあえず、何か一杯飲まねばなるまい。冷蔵庫から麦茶を取り出し、残りをじかに口を付け一気に飲む。洗い物を増やすのは真っ平ごめんだ。 「さて、と・・・」 眼鏡をつけたまま寝てしまったのなら、風呂にも入っていないだろう。それは非常に気持ちが悪い。 「さっさと入っちまうか・・・」 ああ面倒くさいと呟きながら、半分眠っているような状態でシャワーを浴びる。 己の身体に起こった異変に気がついたのは、その直後だった。 「・・・あー・・・あ?・・・あぁ!?」 景行は頭から洗う人間だが、シャンプーを流した後に軽く鏡を見る癖がある。 最初は、シャンプーが取れていないのだと思った。 一本抜いてみる。 ・・・紛れも無く、それは銀色の髪だった。さらに悪いことに、そいつはまぎれもなく自分の髪の毛・・・というよりそれ以外に判断のしようが無い・・・であるということだ。 「・・・ヅラ・・・か?」 寝ながらヅラを被るなんていうクレイジーな趣味は、少なくとも自分は持っていなかったはずだ。・・・鏡をもう一度みる。次の異変に気がついたのはそのときだった。 よくよく考えれば眼鏡をかけたまま風呂場に入れば、シャワーの水が温まったあたりでレンズが曇るはずである。 ・・・顔をシャワーから吹き出る温水に近づける・・・が、相変わらずクリアな視界だ。曇りもなければ水滴もつかない。 「・・・信じ、られねぇ・・・・・・」 景行は、メガネをかけていないのに視界が安定しているのだ。 ・・・一晩にして髪は銀色に変わり、超がつく近眼は治っている。意味が分からない。不思議なんてもんじゃない、不思議を通り越して不気味に、恐ろしくさえ思えてくる。自分が、自分ではないような、そんな気がして・・・しかし、そこにいるのはまぎれもない自分だった。 「悩んでも仕方が無い、よな・・・」 こういう時に、感情の起伏が少ない人間というのは便利だ。冷静な思考を保つことができる。 とりあえず全身を洗って、よく石鹸を落としてから体を拭き、制服を着る。 再び冷蔵庫を覗くと、野菜類がビニール袋のまま突っ込まれていた。 「・・・あー、そんなに疲れてたのか・・・」 昨日の自分の状態がかなりヤバかったことは明白だ。景行は基本、冷蔵庫でも棚でも、きっちりと分類してなおかつ美しく入れないと納得のいかない性分である。 とりあえず、野菜をきちんと、納得のいくように入れ、朝食を作ろうとしたところで、時間がマズいことに気がついた。 「・・・うぉ。こりゃ間に合わねぇや。」 ・・・今日ばかりは仕方が無いだろう。別段皆勤を狙っているわけでも無し、今日は昼ぐらいにぶらりと行くようにしよう。 そうやってスケジュールを立てると、景行は朝食の準備に取り掛かり始めた。 始まりは突然に。 出会いは唐突に。 邂逅は必然で。 そう、それはまさに”異端”。 ジャンル別一覧
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